「東風吹かばにほひおこせよ梅の花 あるじなしとて春な忘れそ」とは、人口に膾炙された和歌だが、今年も天満宮の飛梅が咲き誇る季節を過ぎようとしている。私は、福岡の本社で書類の整理に追われていた。
現在進行中の案件や一区切りついたファイルを区分けしていると、折々の出来事が去来し、つい手が止まってしまう。
思い返せば、システムコンサルの形態で企画設計をスタートさせたは、平成5年のことだった。前身の細菌検査で会社を興したのが昭和59年であり、以来20年余が経過している。細菌検査が主業務の時代には「細菌コンサルの先生」と呼ばれていたが、私は「先生」ではなく「技師」だといい続けてきた。目に見えないものを「見せる」という意味での技師だった。
その仕事を進める上で、細菌を検出する検査技師としての「本来業務」のほかに、どうしても欠かせないものとして、食中毒などにかかわる「事故発生のプロセス」を啓蒙する必要性を痛感していた。汚染源を特定するだけでなく、その防止・制御、管理手法、さらに管理をしていても万一に備えたリスクマネジメントなど、総合的な観点が欠かせないと考えていた。
こうした仕事への対応姿勢が「技師」ではなく、傍目には「コンサルタント」と映ったのかもしれない。だが、もって生まれた性癖を変えるのは難しい。原因を特定するだけでは飽き足らず、「食中毒予防」への思いが膨らんでいった。
食中毒の発生には、大きく分けて「汚染要因」と「増殖要因」がかかわっている。喩としての適正さはともかく、衛生状態が完璧とはいえない大衆食堂よりも、設備の整ったホテルや旅館で食中毒が発生したニュースを耳にすることが多い。これは、なぜか。答えは大衆食堂に「増殖」の機会がないためだ。これに対して大型宴会などの多いホテルでは、料理を「作り置く」ことで作ってから提供するまでにタイムラグが生じる。そのタイムラグが増殖要因の1つになる可能性がきわめて大きい。
そこで、料理の安全な提供をトータルなシステム発想で捉えたとき、タイムラグへの対応が不可欠だった。作り置く料理を一時的にストックする冷蔵庫や温蔵庫が必要なことは、一目瞭然の答えだった。
材料仕入からお客さまへ提供するまでの流れを細かく解析し、「どこに・どのような設備」が必要かを検討しながら、全体としてのシステムを設計した。そうしたシステム設計を提案すると、すぐに冷蔵庫や温蔵庫を購入する経営者もいれば、設備購入資金やスペースがないなどの理由で渋る経営者もいた。また、せっかく買い整えても原材料入れに転用されてしまうケースもあった。
これは、冷蔵庫や温蔵庫の果たす役割が、正確に理解されていないことを意味していた。また、ハードさえあればシステムが完成するわけでもない。そこで私は、ハードを買い整えるのが目的ではなく、それらの「機能を買う」という説明を繰り返さなければならなかった。例えば、経営者がコンピュータの導入を決めたとき、目的はコンピュータの購入ではなく、機能を求めている。ところが、実際に導入してみると機能を活用しきれずに、イニシャルコストだけでなく人件費を含めたランニングコストまで余分に支出するハメになる。そうした経験を、あまりにも多く積み重ねてきたのが、この業界の実態だと思い知らされた。いわば、バックヤードと目されるものへの投資は、きわめて慎重だった。
また、スペースがないという場合の大半は、整理整頓がなされていなのが主要因だった。きっちりと整理さえすれば、スペースなどいくらでも確保できる。
そうした実態を目の当たりにすると、発想を根本的に変えるお手伝いの必要性を痛切に感じた。視点を変えると、食中毒をシステム的に防衛するのは、作業に内在する「ムリ・ムラ・ムダ」の排除にもつながっている。日常は見落とされているそれらの「見えないもの」を示すことも、また、「技師」の発想だった。その結果、現在の基幹業務の1つ「配膳システム」が誕生した。(この項続く)
(企画設計・松本正憲)
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