「旅館再創業」 その14
経営と事業執行の分離へ
Press release
  2004.09.11/観光経済新聞

 ホテル清風園のファイルに挟まれていた私の手書きメモには、終わりの方に小さな文字だが、丸で囲まれた1文があった。そこには「執行役員制」とあった。
運営改革によるサクセスストーリーを描くうえで、当時、感じはじめていたのが役員体制のあり方だった。現在の経営体制を大上段に云々する意味ではないが、企業としてのビジネスヒエラルキーを考えると、曖昧な点が潜んでいるのは否めない。
そう、ビジネスヒエラルキーを検証してみる必要があった。というのも企業は、最上位概念である経営理念から現場の日常業務までを、6つのレイヤー(階層)で縦断的に検証されなければならない。その6階層とは、@経営理念A目標B戦略C計画D管理E業務である。最も大きな問題点が、いったいどの部分に潜んでいるか

それを洗い出さねばならなかった。
運営改革に着手して最初にぶつかるのは、6つのレイヤーにそれぞれ大きな課題があること。経営理念が常套語の羅列で個性がなく、目標に具体性が欠け、戦略を小手先の手法と勘違いし、管理が杜撰、そして業務の仕組みをおろそかにしている――といった現実が、ごく当たり前にはびこっている。それは、ここ清風園に限ったことではない。
もうだいぶ前のことだが、単行本の校正をしているときに、印刷会社の人間がカラー印刷の仕組みを教えてくれた。写真を三原色に分解して赤・青・黄3色の版をつくり、それを1色ずつ刷り重ねると元の写真が印刷物に仕上がる、と。
旅館の仕組みも同じだ。施設・料理・サービスを重ね合わせて仕上がる。元の写真に該当する経営理念がピンボケならば、仕上がりも知れている。逆に、3色版のそれぞれが不適切ならば元がどんなに立派でも、やはり満足のいくものにならない。
興味深かったのは、微妙な色を再現するにはさらに何枚かの色版を加えるということだった。それが個性化であり差別化要因にあたるものだろう。
とりとめのないことが頭の中に浮かんでくる。私は煙草に手を伸ばした。立ち上る紫煙を追った視線をメモに戻した。紙片の文字を丸で囲んだときの状況が蘇ってきた。それは、取締役会の実情に接したときのことだった。
商法で定義する取締役会とは、@業務執行の意思決定A取締役の職務執行の監督、この2つだ。ところが役員の現状をみると「取締役○○部長」といった形で実際の業務をそれぞれが抱えている。それ自体が問題だとはいわないが、兼務部長名などの業務に負われると、取締役会のメンバーとしての役割が果たせなくなってくる。結果として取締役会が形骸化する。私流にいえば、そこが「デキレース」の温床になる。
一番怖いのは、取締役会と部課長会議が同じレベルになってしまうことだ。しかも、そうした場で役員としての肩書きが働くと、部課長の提案や成果が安易に否定されたりもする。これでは現場の業務にたずさわるスタッフのモチベーションが低下してしまう。
それに似た状況が、ここにも察知された。内部の改革で人件費コスト削減などではトラックレコードが出始めていた。それを踏まえて営業部門の運営改革に着手しようとした段階で、役員会機能にモヤモヤとしたものを感じはじめていた。
その解決策の1つとして浮かんだのが、ほかでもない「執行役員制」だった。いわば、経営責任と事業執行責任の分離・明確化が、次のステップを目指すためには不可欠だった。私は、腹をくくった。〈出すべき膿は出してしまう〉と、執行役員制の構想を役員会へぶつけた。
そして、いま。営業面での構造改革は、2速から3速へのギアチェンジへ移ろうとしている。  
(企画設計・松本正憲)

(つづく)

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