「旅館を黒字にするために」 その33
「可変」と「不変」の分離を
Press release
  2001.12.08/観光経済新聞

 財務解析を踏まえた利益ストラクチャーは、いわば、内部的に求められている大胆な発想である。一方、販売面では平日の「特別割引=特割」や同規模・レベルでのアライアンスによる顧客開拓などの手法も講じる必要がある。利益を生み出す「入口」が販売であり、対極に仕入原価や報酬として社員に支払う給与などの「出口」がある。この両者のバランスが大切なことは、経営者の誰もが知っている。
 入口部分を述べる前に、前号で提起した利益ストラクチャーを整理しておきたい。筆者が前シリーズ『構造改革』で述べてきたように、構造改革を徹底実行することで、人件費をはじめとする経費の圧縮やクレーム撲滅を目指す品質向上は図ることが可能である。しかし、現状はそれを上回るデフレスパイラルが顕在化している。
 こうした状況になると、「とりあえず売上の確保を」と短絡しがちである。しかし、一つの施策を講じようとするときには、そこに関連する他の部分にまで目を向けなくてはならない。厳しい状況だからこそ、冷静に全体を俯瞰する姿勢が求められるのである。
 余談ではあるが、地域の一部の旅館・ホテルが格安料金を設定すると、地域全体に大きな影響をおよぼし、さらに地域からより広範な地域、そして全国規模へと拡大することは、すでに経験してきた。いわば、それが時代の流れとなってしまい、そのことを悔やんでも否定しても、もはや詮無い話でしかない。ただ、そこには個々がバラバラな状況のもとで個々に取り組んできたという現実がある。旅行業者の介在も一因だったが、いずれにしても従前の発想のままでは、「特割」も単なる安売り手段にとどまるし、アライアンスを組むこともおぼつかなくなる。換言すれば、販売面を強化するためには、利益ストラクチャーによる内部強化によって、一定のレベルを確保することが前提だといえる。
 そこで、利益ストラクチャーの大きなテーマになるのが人件費である。新聞報道によると、企業の今年九月期中間決算では、人員削減が限界に達して賃金そのものを引き下げる企業が目立ちはじめたという。これは、筆者が本シリーズにおいて、「デフレ状況のもとでは、賃金のデフレ発想が不可欠」と、たびたび指摘してきた点でもある。ゆえに「賃金の早急な引き下げを」というわけではない。無策での実施は、混乱を招くだけである。妥当性を説明づけるとともに、仕事へのモチベーションを高めることも忘れてはならない。
 いい換えれば、賃金を下げるのではなく「基本+業績評価」の形への変更であり、努力しだいでは「さらに報酬がプラスされる」といった仕組みへの転換である。
 例えば、売上高が十億円で人件費が三〇%の三億円の旅館を想定してみよう。黒字といわないまでも、採算割れだけはかろうじて免れていたとする。そうした状況下で売上高が九億円に落ち込み、さらに人件費が固定であれば、当然ながら赤字が発生する。極めて単純な理屈である。そこで人員の削減となるが、一たびこのスパイラルに陥ると抜け出すのが難しくなる。また、実勢稼働率として前述した「七〇%稼働」にしても、効率面では理想的だが、それでも販売単価が下がれば結果的に売上が落込んでしまう。
 ここで生じる赤字化は、固定化された人件費に起因するわけだ。想定した十億円規模のノーマルな陣容を、仮にフロント五人、事務六人、調理八人、後方運営のパート二十人、接客係十五人、車両一人とすれば、売上の減少で人員を削減することになる。大切なことは、可変できるグループと不変(固定)グループを明確に区分し、状況に適合した体制を絶えずフィットさせることである。つまり、人件費を状況に応じて圧縮したとしても、限界値を超えてしまえば、サービス品質の低下をはじめさまざまな問題が出てくるわけであり、自館の水準維持と経費バランスを考慮した対応が不可欠だということでもある。
 この相反する課題を克服するためには、人件費を「売上の二五%」で運営する利益ストラクチャーが必要となる。各部門での人件費割合を見定め、さらに「この人が何パーセントの人件費を使っているのか」を知る必要がある。これが業績評価の第一歩でもある。結果として売上が想定額を上回れば、社員の報酬はプラスアルファが加わり、会社にも利益が残る。逆に下がった場合は、社員はその額で我慢しなければならない。しかし、会社はトータルな視点で算定しているために、赤字になる危険は回避できる。
(続く=経営コンサルタント・松本正憲)
(つづく)

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