「旅館を黒字にするために」 その32
「利益ストラクチャー」 |
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運営経費における固定費と比例費の仕分、その中での人件費のポジション。さらに、給与における等級制度や年俸制などについて、筆者はさまざまな角度から問題を提起している。これは、経営において利益をいかに確保するかが、最大の課題だと認識しているからである。そして、現状では、人件費のあり方にメスを入れることが、第一に図られなければならない。
なぜならば、一般的に比例費と捉えられている原材料費、消耗品、販売手数料などは、売上に比例して増減する可変体制のもとにある。ところが、固定費と捉えられるものの中で人件費は、売上が変動しても一定額で不変である。かろうじて、賞与などで調整を図っているのが実態ともいえる。閑散とした館内で、接客やフロントの担当者が、手持ち無沙汰で身を持て余している図は、「苦々しい思いを通り越して情けなくなってくる」と述懐する経営者がいた。
筆者は、前シリーズ『構造改革』の中で、さまざまな改革案を提起したが、その発想をさらに整理すると、現在は財務解析を踏まえた「利益ストラクチャー」の確立が急務だと痛感している。旅館・ホテルの運営機構のなかで、利益構造を前面に据えた黒字化の発想である。その各論の一つが、これまで数回にわたって述べてきた年俸制度と、そこに関連する諸制度である。
利益ストラクチャーを必要とするきわめて象徴的な一例をあげてみたい。
「社員一人ひとりが経営者。精鋭になれ」
経営者がこうした激を飛ばす光景は、決して珍しいものではない。とりわけ、景況が冷え込み、デフレスパイラルが進行する現況下では、まさに総力戦でなければ企業は生き残れない。したがって、経営者のこうした言葉には切実感がこめられている。しかし、なんとなく空疎な響きがあるのも否めない。具体的なイメージが伴っていないのである。「言葉としては分かるが…」の域にとどまっている。
では、どうするのか。まず、実際の経営レベルに落とし込むことである。具体的には、まさに給与の可変体制である。例えば、営業マンにとってノルマは当たり前の世界であり、数字がすべである。ところが、旅館・ホテルの社員に「数字がすべて」という発想は乏しい。接客や厨房などさまざまな業務が錯綜していると、それぞれに異なる手段と目標が考えられがちである。結果として、数字だけではないといった曖昧な要素が幅を利かせることになってしまう。
しかし、どのような業務であっても、目線の先には必ず客の姿がある。そうなると、「客=(売上)=数字」の発想にならなければならない。一般論としていうならば、固定した給与が保障されていない商売人は、利益が少なければ、その分だけ余計に働いて利益を確保しようとする。ところが、「客が来ないのは自分たちの責任ではない」とうそぶいているような姿勢では、現在の難局を乗り切れない。
前回まで述べてきた年俸制を発想するときにも、目線を客に据えることが欠かせない。年俸制は、あくまでも業績評価を前提とするためである。すでに提起したように「八〇%想定」がここでのポイントであり、これを「基本年俸」と考えることである。残りの二〇%は、想定を上回ったときの「報酬年俸」である。つまり、基本を上回った場合の報酬年俸を明確にしておくことで、各部署での販売努力を高めるわけであり、それによって目線はおのずと客に注がれることになる。その目線とは、まさに売上である。
ただし、それをすべて個人任せにしてはならない。そこには「個人」と「部署全体」を整合させる仕組みを介在させる必要がある。考え方としては、部署として売上にどれだけ貢献したかを算出し、個人に直結する報酬と部署で分配する報酬といった捉え方も可能である。その場合に、等級制度などが判断の物差しとなる。さらに、利益ストラクチャーの視点からは、売上の二五%を人件費として運用する仕組みを確立する。大くくりにいえば、この二五%を接客・フロント・厨房をはじめとする運営各部門で、どう配分するかを明確にすることである。
こうした考え方の一つとして、最近ではカンパニー制といった手法をとる企業が増えている。各部門をカンパニー化し、売上と人件費をはじめとする運営費を予算化していくことである。この仕組みを構築できれば、さらに給与計算ほかの事務部門を、専門の外部事務所にアウトソーシングし、そこでの人件費を一層圧縮することも可能である。いま、大胆な発想が必要である。
(続く=経営コンサルタント・松本正憲)
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(つづく) |
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