「旅館を黒字にするために」 その31
物差しとしての「等級制」 |
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一般的にみて企業にとって最も大きな命題は、利益をあげることである。極論をいえば、利益をあげられなければ企業として経営する意味合いはない。もちろん、社会的な使命を課せられた一部の業種では、使命と利益のバランスが難しいケースもあるが、それでも利益を出さなければ経営は存続し得ない。
そうした中で「利益=黒字」を考える上で種々の要因はあるが、とりわけ社員の給与と仕事内容の整合性があげられる。いい換えれば、そこに「黒字・赤字」の分岐点となる大きなファクターが潜んでいる。筆者は、これまでに「人件費が五%下げられれば利益がうまれる」といったケースを例示してきた。要は、企業にとっての人件費は、それほど大きな意味合いをもっている。この点については、経営者であれば、誰もが実感しているはずだが、感じていること理解しているのとは違う。
そこで、財務解析が必要であり、「人件費のくくりをどう捉えているか」といった問題を提起してきた。人件費を完全に固定的な経費として捉えるのではなく、一部を可変させる必要があるし、残業費を前提にした八〇%想定、年俸制を導入してそこへ反映させることなどを述べてきた。というのも、旅館・ホテルの経営では、オン・ショルダー・オフの波動が否応なく存在し、さらに自然災害や事件・事故などの外的要因などさまざまな事柄がそこにからみ合い、営業実績を左右している。まさに、複雑で微妙なバランス上に立脚しているわけであり、その意味で経営者は絶えず最善の舵取りを求められている。また、年俸制であっても「一〇〇%想定」では、実態が変動した場合に、やはり経営者の苦労や負担はぬぐえないことになる。
つまり、利益を生み出すための「入口」が、これほど多様な要件をもっている以上、仕入原価や報酬として社員に支払う給与などの「出口」も、それに見合った精査(解析)が必要なのは自明の理である。それらを踏まえたとき、前出の「社員の給与と仕事内容の整合性」とは、業務内容と報酬のバランスにほかならないといえる。
こうした観点から筆者は、具体的な展開の前段として、一部を状況に応じて可変させる給与体系や「八〇%想定」、あるいは年俸制といった方法論を提起してきた。また、制度を導入し実施するにあたっては、根拠としての妥当性が不可欠である。
例えば、年俸制によるメリットの一つに、グロス化することでの心理的な効果がある。筆者は前シリーズの『構造改革』で「パート社員制」を提起し、実際の経営指導でも実践してきた。一人のパートに支払う給与は、それこそケース・バイ・ケースだが、人件費として大雑把に計算すると年間で約百万円になる。内訳は月額八万円(時給七百)の給与と寸志の形のボーナス(三万円×二回)を合計したものだ。これに対して同じ百万円を年俸制の考え方に置き換えると、時給は七百六十円になる。「七百円」と「七百六十円」の差は九%。この時給の差は決して小さなものではない。いわば、数字のマジックといった捉え方もできるが、そこにグロスのメリットがある。また、単に心理的な効果だけではなく、人材を確保・定着させる実質的な面でも作用する。これは、正社員についてもいえる。その一つに、従来の体系で生じがちな賞与への不満を解消する役割があることだ。この不満が退職につながり、人的な安定を損なう一因にもなっていたといえる。
一方、こうした制度は、労使双方で納得できる妥当性が不可欠な点も指摘してきた。前号では「適正な物差し」としての「等級制」を例示した。この等級制は、単に給与だけでなく退職金にも関連するのが見逃せない。
現状の一般的な退職金制度は、退職する月の月給をもとに算定する仕組みになっている。このため、人員をリストラしたくても退職金の手当ができないというケースが現実にある。そこで、等級制度が生かされる。具体的には、等級の下位部分には退職金を支給しない。退職金は、会社への貢献度に応じて支給するものである。例えば、五等級で十年、四等級に十年在籍したとすれば、五等級額の十年分と四等級額の十年分を積算した額が退職金となる。こうした積算方式は、退職金の能力制度ともいえる。従来方式は、最終給与に在籍年数を掛け算しただけで、貢献度とは関係なしに額面が増えるだけになってしまう。
つまり、一つの制度はさまざまな波及効果をもっている。それらを念頭に置いた導入・実施でなければ、思いがけないところから破綻することも知っておくことが肝心である。
(続く=経営コンサルタント・松本正憲)
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(つづく) |
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