「旅館を黒字にするために」 その28
利益追求のための雇用を
Press release
  2001.11.03/観光経済新聞

 黒字化への要因の一つとして、人件費に対する発想の転換を前号で指摘した。とりわけ経費面では人件費の一部を変動させる発想が欠かせないとともに、年俸性の導入も大きな要因となっている。こうした施策が必要な背景は、従来の年功序列による給与体系を、単に能力主義へ移行すると捉えるだけではない。もはや、それなくして「企業の存続は難しい」といった切実感を伴っているはずである。
 昨今、経営者がしばしば漏らす言葉を集約すると、次のような内容になる。
 「低価格志向が進んで消費単価が伸び悩み、以前にも増して経営が厳しくなっている。そんな中で、社員に給与を支払うために苦労している」
 そこには、経営者が社員の生活保障に腐心している姿が垣間見られる。以前、企業に対する意識は、経営者と社員ではギャップがあると述べたが、それを抜きにして考えても、従来の発想は、企業の捉え方に問題があったようだ。
 極めてシビアな発想をすれば、企業が社員を雇って給与を払うのは、利益を追求するためである。利益を出すことによって目的が達成され、給与はその対価として位置付けられる。前述の経営者のため息は、利益とは別の次元で給与だけが存在しているようにも受けとめられよう。これでは苦労が耐えないのも、無理からぬ仕儀といえる。
 こうした関係性を、もっとシンプルに捉えて対応しようとするのが、人件費の一部可変制であり、それをベースに据えた年俸制である。その意味で筆者の提唱する年俸制は、一般的な意味での年俸制の考え方とは若干の違いがある。
 端的なことは、「残業費を前提にした八〇%想定」の考え方である。この「八〇%想定」を説明するために、まず、年功序列と一般的な年俸制の考え方を整理してみよう。
 前述の「給与を支払うために苦労している」といった旅館・ホテルのケースは、大半が年功序列の給与体系をとっている。こうした給与体系であっても、実際の明細をみると「基本給」と「職能給」が区分されている。基本給は、入社からの経年によって上昇を続ける仕組みになっており、能力給も在籍年数によって一定の上昇が組み込まれている。
 このうち能力給は、在籍年数に応じて能力がアップするという前提にたっている。単純に模式図式化すれば「在籍=経験=能力」という形になるが、「何年やっても変わらないものは変わらない」といった実態を、多くの経営者は実際の場面で経験しているはずである。つまり、「経験=能力」の模式図はなりたたないわけである。そこには、すでに実態との矛盾が生じている。本来は、違う物差しが必要だということになる。
 また、最も基本的な基本給についても矛盾が生じている。基本給は、いわば生活の基本保障ともいえる発想が根底にある。かつて、日本は常に右肩上がりの成長を続けてきた。モノが豊富になり物心ともに豊かさを追求する社会環境の下では、社員の生活がそうした実態に適合するように給与をスライドさせることが、きわめて当然なことと受けとめられてきた。ところが、現今の社会環境は明らかにデフレスパイラルとなっている。消費物価指数も、長期にわたって前年を下回っている。
 余談ではあるが、大手ファーストフーズのチェーン店が、従来価格の半額化を打ち出して波紋を呼んだが、それすらもトレンドとして常識化しつつある。こうした現象に対して、消費者は自身が「生産者」であることを忘れ、目先の「物価が下がることは、いいこと」と歓迎していた。裏返せば、消費者自身の収入は「所属する企業が保障してくれる」といった安易なモタレ相いの構図が潜んでいる。年功序列の給与体系がすべてとはいわないまでも、そうした意識を助長してきたことは否めないだろう。
 本題にもどるが、現今のデフレ状況下では、給与においてもデフレを反映させねばならないということである。ただし、こうした状況だから「やむにやまれず」といった浪花節の世界ではない。大切なことは、モタレ相いからの脱却であり、労使が妥当性を共有できる土俵の上に立って施行するものである。
 この点について筆者は、『構造改革』の施策の一つである「人事考課制度」をはじめ、さまざまな角度から指摘を続けてきたわけである。不況だから人件費を可変させ、あるいは年俸制にするのではなく、旅館・ホテルが利益を上げるためには、是非にも必要な施策として捉えることである。
(続く=経営コンサルタント・松本正憲)
(つづく)