「旅館を黒字にするために」 その27
人件費もデフレ傾向に
Press release
  2001.10.27/観光経済新聞

 財務解析をすすめる上で、人件費について発想を転換すべき点がある。これは、人件費を単なる固定費ではなく一部を変動させる経費面、および雇用形態(人事考課面)の二つの側面が考えられる。
 このうち経費面で捉えた場合は、適正な人員規模が第一にあげられる。これについては、法定労働時間などの労働環境との兼ね合いから、当面の理想的な人員が実勢稼働率七〇%を目標で割り出せることを指摘した(第24回)。いわば、最も効率のいい形でシフト運営をする体制を構築するということである。
 また、こうした人件費のあり方として筆者は、残業費を前提にした「八〇%想定」の考え方を提起しておきたい。つまり、売上がシーズン波動のほか各種の変動要因に左右され、しかもデフレ傾向が顕著な現今では、想定した売上が確実に達成される保証がないからである。
 例えば、「売上が下がって人件費(固定費)がきつい」といった話をしばしば耳にするが、これは「一〇〇%想定」で組み立てられているからにほかならない。最初から八〇%想定であれば、仮に「一〇%の残業費」を上乗せしても企業側の利益は確保できるし、景況から客数にブレが生じたときにも、単純な人減らしをしなくてもすむ。
 デフレ時代というのは、人件費もデフレになるのが当然だと筆者は考える。ただし、この考え方は、単に人件費を低く抑えればいいという発想ではない。この点は、特に強調しておきたい。妥当性のない低賃金では、まっとうな雇用・人材確保はできない。これは経営者の誰もが承知しているとおりである。
 そこで、冒頭に掲げたもう一つの側面である雇用形態が大きなポイントとなる。ここでは、社員・パートなどの就労形態の区分ではなく、賃金を支払う際の形態と理解していただきたい。つまり、業績評価給・等級給与の制度やそれに準じた年俸制などの、社内システムとしての形態を検証する必要があるということだ。こうしたシステムが整備されていれば、従業員には「より多く働いた分」が、明確な基準に照らして確実に支払われることになる。逆に、これが確立されていなければ給与面での妥当性は生まれない。
 例えば、年間に生じるであろう残業と給与(年俸)の関係を考えてみよう。デフレの進行によって給与を下げざるを得ない状況下では、年間に生じる残業を見越した上で、これを可変的な業績給として上積みする形をとる。いわゆる業績評価給の考え方である。
 仮に年俸を三百万円と想定した場合、前述の上積みする一〇%の残業費を織り込んだ額として捉えるわけである。したがって実際には、年俸額が二百七十万円となり、残業費の三十万円が業績評価給とする決め方がある。ただし、ここで示した数式は象徴化したものであって、実際上の算出方式は、業務内容ごとの等級給与を加味するなど、各旅館・ホテルの実情に即した形で組み立てなければならない。社内システムの整備としたのは、実にこの部分が重要だからである。
 いずれにせよ、こうした方式を導入することで、黒字化への一要因が充たされる。極めて単純化するならば、現状では「プラス・マイナスがゼロ」で赤字の出ていない旅館を想定すれば、理解しやすいはずである。そうした旅館で利益を出すためには、人件費を五%削減できれば、それが利益として計上できる。
 これは、当然すぎる理屈だが、実際には社内システムが不明瞭なために、削減できたはずの五%が「行方不明」で利益として見えてこないケースもある。
 さらに大切なことは、こうした業績評価給の考える上で人件費を「総売上高の二五%」で運営するのが前提条件となる点である。この比率が保持できれば、売上が下がっても黒字になる仕組みができあがるわけだ。付言するならば、人件費の二五%のうち、例えば事務部門は一%、厨房部門は八%という具合に、各部門の人件費配分率を実情にみあった形で決めることが大切である。
 年俸制とは、これらを踏まえて「売上分との差」を業績評価分として支給することで、より効果的な制度になり得る。結果として会社は、常に利益の出る状態にしたうえで利益を四分の一づつに分割する。一つは社員還元、一つは内部留保、一つは株主還元、一つは投資・リニューアルにまわす。
 以上のことがらが、業績評価と人事面での展開における概略だといえる。さらに、現今の雇用条件を考えるならば、退職金制度を加えるのも課題の一つである。
(続く=経営コンサルタント・松本正憲)
(つづく)