「旅館を黒字にするために」 その26
経営上の「固定費」の概念 |
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実勢定員数や実勢定員稼働率によってシミュレーションする上では、前述のように従来の慣例的な区分とは異なる「固定費」と「比例費」の概念が必要になる。筆者がこの点に固執する理由は、シミュレーションの結果が仮にマイナスであったとしても、仕入などの原価を下げることが事前に想定でき、それを実行に移すことで「赤字分を売り切れば黒字が発生する」といった好循環スパイラルの始動につながるからだ。もちろん、このためには前シリーズで述べてきた『構造改革』によって、赤字解消・黒字化への社内的な仕組みの変革が、条件として付帯することになる。例えば、パート社員の活用を含めた雇用形態や人件費の仕組みを改正することで、黒字化も決して不可能な課題ではない。それを念頭に以下を進めていきたい。
まず、「固定費」と「比例費」の領域をどのように区分するかである。発想の転換が必要だとしたのは、いわゆる「固定費」だと考えられてきたものについて、一部を可変的に捉えて「比例費」に組み込むなどの操作が求められるからである。
例えば、「光熱費」をとりあげてみよう。従来は固定費で一括りにされていたが、実際には月々によって異なっているはずである。この実態は経営者であれば誰もが知っているが、こうした経費は「完全固定費」として捉えられ、改めてメスを入れる気運はこれまで乏しかった。せいぜい「使っていないスペースの電気はこまめに消そう」といった従業員のモラルに委ねるぐらいしか、手の打ちようがなかったはずである。
これは、一部を可変体制のもとで捉えるといった発想がなければ、確かに現実の「出」を少なく抑える発想しか生まれないのもやむを得ない。同様に「燃料費」なども、立地条件や施設の状況で違いはあるが、一般的に捉えればシーズンによって大きく変動している。つまり、一口に「水道光熱費」といっても、実際には多様なシチュエーションのもとで、さまざまな使われ方がされていることに改めて目を向け、解析を加えることがシビアな時代では欠かせない。
身近な例を考えてみても、例えば部屋に入れば電気を点ける。そうなると、その月の電気代は、その月の部屋稼働との相関性が無視できないことになる。稼働が高ければ使用量は増える。これに対して、パブリック部門やバックヤードなどでの使用量は、稼働率と比例するものではなく一定の規模で固定化している。余談ではあるが、一時期は「お客さまが入っていなくても、賑わいを印象づけるために全館の明かりを点す」など、笑うに笑えない話が真面目に交わされたことがあった。ここで、その是非を云々するのは避けるが、見せ掛けではない実質的な集客方法は、発想を転換して構造改革や財務解析を適切に行い、新たなシミュレーションのシステムに基づく運用形態のもとでは、決してムリな相談ではないことを付言しておきた。
さて、このように客数が変動した時に、それにスライドして下がっている固定費がある一方で、客の有無にかかわらず支出される部分といった実情を、明確な基準に照らしながら解析することが、黒字化をすすめる上での第一の関門といえる。また、固定費の中における変動部分と固定部分を把握した上で、相関するデータをどのように組み合わせていくかは、いわゆる専門分野に属す課題だが、これをシステムとして構築しないと単に解析だけで終わってしまう。シミュレーションとは、理論値ではない実勢の数値を基に、諸データのもつ意味合いを解析することで引き出される結果だともいえる。そうなると、再三述べてきた「従来の概念規定のままでは新しいシステムは機能しない」といった論も納得がいくはずである。こうした認識が明確でないと、固定費と比例費の概念にしても厳密さがなくなってしまい、従来のような曖昧さを残す結果にしか得られないことになる。
さらに、固定費の概念の中で、最も重要なのが人件費の捉え方である。人件費については、経費としての扱い方と雇用形態の二つの側面から捉える必要がある。つまり、前述したように固定費と見るべき部分だけでなく、稼働を含む可変的な諸条件をいかに定義し、組み合わせていくかということである。いわば、労務形態から捉える方法である。さらに、雇用形態からみると、人事考課制度や退職金制度などいくつもの要素がかかわってくる。労働環境・雇用環境などが錯綜している点を踏まえた捉え方が、黒字化と大きくかかわっていることを明記しておきたい。
(続く=経営コンサルタント・松本正憲)
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(つづく) |
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