「旅館を黒字にするために」 その25
売り上げ高5%を自己投資へ |
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いま、黒字化を最大の眼目として本シリーズを展開しているのは、「経営とは黒字を出すためであって、黒字のでないところに存続する価値はない」といった経営の基本理念が、改めて厳しく問われる状況に直面しているからである。もはや、「バラ色の夢物語」を言葉巧みに展開しても、銀行から資金を引き出すことはできないのだ。極論すれば、自己資本で投資のできる体質をつくることが、最大の命題である。すなわち、より強固な経営体制を固めるために、売上高の五%を自己投資できる企業体質づくりであり、そのためには一〇%の利益を確保しなければならないと筆者は考えている。そして、自己投資をするためのキャッシュフローの展開に向けては、一定の利益予算を「適正な手順」で組み立てていくことが出発点となる。
前置きが長くなってしまったが、適正な手順の基本になるのが、これまで指摘を続けてきた財務解析なのである。この財務解析を旅館・ホテルで実施する場合、科目に対する位置付けが重要なポイントになる。大別すれば「固定費」と「比例費」になるわけだが、これを従来の概念規定のままで済ませていると、結果として理念の世界から抜け出せなくなる。いわゆる机上論であって、現実性に乏しい数字遊びを繰り返すだけにとどまってしまう。
固定費と比例費の概念規定は後述するとして、財務解析をすることによる結果から述べてみたい。ひと言でいえば、「赤字になるか黒字になるか」を事前に想定することができるわけである。そうなれば、来月の営業実績、半年先や一年先の営業実績を事前に想定しながら「打つべき手(営業展開)を適切に打てる」ということになる。
前号において筆者は、実勢定員数や実勢定員稼働率など「実勢」に基づく数字がこれからの考え方の指針になると提起した。「客一人の利用があっ場合に、それによって発生する実質的な館内での消費とそこから生まれる利益を、現実に即した形でシミュレーションする」ことの重要性を指摘したが、このシミュレーションによって、赤字か黒字かが事前に把握できる。
シミュレーションの仕組みは、いわば我われのノウハウでもあるが、概略を紹介すると以下のようになる。基本的には、月々の過去のデータを一定のフォーマットで整理すること、現在のデータを同様のフォーマットに沿って確実に把握すること、この二つが出発点になる。これによって予約シミュレーションの基本システムが形づくられる。このシステムに実際の予約データを入力すると、現状での予約状況が諸条件を加味した実勢としてシミュレーションできるわけだ。誤解してならないのは、予約状況を去年の同月と対比させて「今年は出足が悪い」「去年にくらべれば多少いい」と一喜一憂する比較のためではない。比較だけなら、我われのノウハウや大げさなシミュレーションのシステムも不要である。経営者の経験則でコト足りる。しかし、一つひとつのデータには多様な要素が含まれており、それを読み見切らねばならない。単なる比較だけで経営の指針にはなりえないことは、実際の経営現場からの声として多くあがっているのも、その証左の一つといえる。
また、こうしたシミュレーションのシステムでは、基本データのメンテナンスにも、さまざまなノウハウが投入されなければならない。例えば、入力した現在のデータが、過去のデータをどのように更新していくかも大切なことといえる。「今は、その瞬間から過去になる」といった哲学的な理念を振り回さなくとも、現在と過去の相関性は誰もが知っている。だが、現実には「今」に囚われるのも人間の常である。システム化とは、客観的なデータを客観的なスタンスで活用する手法でもある。
このようなシミュレーション基づいて、実際の稼働率設定、部屋の売り方などが組み立てられていく。そのためには、前述した「一定の利益予算」という概念が重要な意味合いをもってくる。はじき出されたデータが利益予算に対して赤字領域ならば、平日を売りまくるための方法を考える必要もあるし、あるいは仕入をはじめとする諸経費の扱い方も発想をかえなければならなくなる。そのときに「固定費」と「比例費」の概念が、従来の慣例的な区分のままであれば、シミュレーションの結果そのものが怪しくなってくる。なにやら「鶏と卵」の論のような陥穽にはまりそうだが、そのあたりを冷静に整理しながら対処していくことが、地道な作業ではあるが避けては通れない状況下にある。
(続く=経営コンサルタント・松本正憲)
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(つづく) |
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