「旅館を黒字にするために」 その24
実勢定員稼働率「70%」へ |
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財務解析を始める前段として筆者は、年間を通した「実勢定員数」と「実勢定員稼働率」を掲げた。この「実勢定員稼働率」をはじめ「実勢」の概念は、これからの旅館・ホテル経営を考えるうえで最も重要な指針となる。もはや現状は、従来の一般的な定員稼働率といったとらえ方では対処できなくなっているからである。もちろん、単純に畳の数を定数で割る従来型算出方による定員が実情にそぐわないことは、多くの旅館で実感し、相応の修正を加えているはずである。ただし、そこでの修正は、いわゆる経験則に基づくものであって、根拠は曖昧なケースが多い。この点については、各館の実情に即した算定をすべきであって、一定の指数によって各館を十把一絡げに「これが現状の実勢定員」と単純に決め付ける方法は難しい。旅館・ホテルはそれぞれ個性を売り物にしている以上、これは当然のことと理解できるはずだ。むしろ、指数計算で定員を割り出し、稼働率を云々していたことの方が奇妙でさえある。
実勢に基づく数字とは、客一人の利用があった場合に、それによって発生する実質的な館内での消費とそこから生まれる利益を、現実に即した形でシミュレーションするための基礎的な数字といえる。この数字を的確に把握しておかなければ、経営の第一歩でつまずくことにもなりかねない。根拠が曖昧であったりセオリーに則していない場合は、どんなにシミュレーションを繰り返しても「机上の空論」に過ぎず、黒字転換の途は、ほど遠いものになってしまう。
前段として注目しておくべき点がもう一つある。営業努力目標として前述した「稼働率の引き上げが可能な状況であれば、実勢定員稼働率を七〇%へアップさせる」とした実勢定員稼働率の「七〇%」という数字である。
結論からいうと、一年間単位の変形労働を前提にしたとき、最も理想的な実勢稼働率が「七〇%」だということである。従来の発想にこだわると、稼働率は限りなく高い方がベターだと考えがちだが、果たしてその論が正しいか否か、筆者としては疑問をもって欲しいと思う。なぜならば、年間を通じてオン・オフが確実に発生する事実を、経営者ならば誰でも実感している。オン期が長いのにこしたことはないし、そのための施策を講じる必要もあるが、それでも年間の全日をオン化するのは不可能に近い。そうなると、実勢定員稼働率のどこかの点を基準に運営指標を定め、そこからのシミュレーションが必要になる。それが「七〇%」である。
本シリーズでは、不動産部門と料飲部門を明確に区分けした運営オペレーションの必要性を述べ、そこでの人件費のあり方をさまざまに捉えてきた。また、前シリーズの『構造改革』でも、人件費を低減させる具体的な手法を提起してきた。つまり、稼働状況を営業状態の一側面だけで捉えるのではなく、経営全般を俯瞰する視座から捉えなおすと、人件費との兼ね合いが重要な意味をもっているのは自明の理である。ひとたび一定数の従業員を雇用すれば、オン・オフにかかわらず一定の経費が支出されるのは当然である。そこに赤字要因・黒字化を阻む原因があるとすれば、これは改善するしかない。
そこで、実勢稼働率と従業員数の関係を、一年間単位の労働体系からシミュレーションしてみよう。単純化するために与件は次の通りとする。
・実勢定員=二〇〇人
・従業員=一〇人
この与件では、単純計算で一人が二十人の客に対応することになる。実際には、週休日のための要素を加えた計算になるが、ここでは「従業員一人・客二十人対応」の単純設定で以下を進めたい。実勢稼働率に比例した一日の業務に必要な従業員数は、「一〇〇%=十人」「七〇%=七人」「五〇%=五人」と簡単に計算できる。これに対して週休二日を前提にした場合、全体として必要な人数は、「一〇〇%=十三人」「七〇%=十人」「五〇%=八人」となる。
このことから、法定基準の労働環境に対応するには、七〇%を超えた場合に十人でまかなえないことになる。ただし、年間でこれを捉えると、「一〇〇%」と「五〇%」の差を調整することで、トータルの整合を与えることができる。逆に「七〇%」の基準点を無視した場合、過度な残業代の支給や給与分満たない労働状況になってしまう。十人で五〇%稼働の場合など、実に週休三〜四日に等しい労働環境である。
財務解析を確実に実施すると、こうしたムリ・ムダも具体的にみえてくる。
(続く=経営コンサルタント・松本正憲)
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(つづく) |
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