「旅館を黒字にするために」 その20
発送変え「売り方」見出す |
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「一万円に設定すれば絶対に売れる」
世の中に「絶対」などあり得ないのだが、藁をもつかむ心境のときにそれをいわれると、人間は意外なほどもろくその言葉に惑わされてしまう。社会的要因や経営者の資質だけでは云々できない諸条件が錯綜して、判断力を低下させているからだ。そして、実際にフタを開けてみると確かに売れたが、「休前日」など、従前でも売れていた日を売っただけで、本当に売りたかった平日は、大半が売れずじまいだった。こんな笑うに笑えない、そして深刻な話が最近では珍しくなくなってしまった。
前号では『構造改革』を進める一方で、売り方を模索する必要があると指摘した。旅館・ホテルの黒字化・自立再建を考えるとき、最も重要なことは内へ向けた構造改革の推進と外へ向けた販売戦略・販売手法の確立、そして銀行へのネゴシエーションだと筆者は考えている。
いい換えれば、構造改革を着実に推進することによって経費を下げることは可能であり、これによって赤字を解消する前提条件は整えられる。ところが、利益を生み出して黒字化・自立再建を図るうえでは、売上の分母が勝負になる。分母を「現状より落とさない」という条件だけは無視できない。いま、この点が悩みのタネになっている。
ここで留意しておくべき点がある。確かに、経営者であれば「分母を落としたくない」との思いは誰でも同じである。このため、「それができないから赤字になっている」と短絡してしまいがちだが、これは避けなければならない。なぜならば、赤字の原因は分母に対して不相応な経費支出が、大きな要因になっているからだ。したがって、構造改革による経費の軽減化で赤字の克服は可能であるが、逆に分母が落ちなくても経費を不用意に膨らませてしまえば、いわゆる経営が肥満化してしまえば一気に赤字へ転落してしまう。
冒頭のケースでは「売れる」といった想定で、サービス体制を整えていた。ここでの人件費をはじめとした諸経費と投資への返済額を、仮に固定費と考えてみればよい。分母に大きな変化はなくとも、結果として赤字幅が増幅してしまう。一日のキャパシティを「10」とすれば、一週間で「70」。一日の固定費を「10」とすれば、一週間で「70」。これは小学生でもできる計算だ。ところが、その先の「一週間のキャパシティが満たされなければ」といった条件を付加して計算するのが経営者である。この計算を間違ったときに赤字が生じる。逆に、固定費の部分を半分に減額できれば、キャパシティの条件が満たされなくとも、赤字は回避なり軽減できるはずだ。もちろん、前提となるキャパシティが満たされていれば赤字にはならないといえるが、それこそ小学生の計算であって、経営者の発想にそれはない。現実がそれを許すほど安易ではないからだ。
前記の喩えは、平易すぎて経営者なら誰もが分かりきっている。あえてこのような喩えを出したのは、「赤字は黒字の裏返し」といった短絡を避けてほしいからである。つまり、赤字は分母(売上)にも左右されるが、前述のように経費肥満などの経営体質に大きく影響され、分母が増大が発生を防ぐわけではない。いわば、内的要因がすべてといわないまでも、大きなファクターになっている。
これに対して黒字は、分母が大きくかかわっている。内的要因が整って分母が大きくなれば、黒字化へ向かうのは自明の理である。ここに、本シリーズの大きなテーマが潜んでいるわけだ。現在の状況下で分母を拡大できるのは、きわめて大雑把にいえば、筆者がたびたび指摘してきた三つのグループ分けのうち、第一のグループに属する旅館・ホテルぐらいである。
では、第二・三のグループに黒字化の途はないのか。答えは、条件つきながら否である。「売り方」を変えるのが、その条件である。これに対して、「販売チャンネルの拡大、情報発信の拡充など可能な限りの手は尽くしている」と反論を示す経営者も少なくない。だが、実効面を問うと「状況に改善の兆しがみられない」と力ない。「現状はそれほど甘くない」「打てる手は打ち尽くしたが克服できないから悩んでいるのだ」と悪循環のスパイラルのなかで手をこまねき、ジレンマに苛まれている。
心情は分かる。だが、筆者がここでいう「売り方」とは、動産部門と料飲部門をボーダレスにしたまま「従来の発想」に立脚したものではない。不動産業の視点を明確にした上での「売り方」を見出すことである。この発想転換では、財務解析が第一のハードルとなる。
(続く=経営コンサルタント・松本正憲)
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(つづく) |
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