「旅館を黒字にするために」 その19
「複合赤字」を乗り越えろ
Press release
  2001.08.25/観光経済新聞

 黒字化・自立再建に立ちはだかる最大の原因は「複合赤字」である。赤字の要因は、景気の低迷がすべてではないし、自館のサービス内容や施設展開が利用客のニーズとかけ離れているだけでもない。加えて、レジャー活動の多様化なども作用している。宿泊旅行だけでなく身近なレジャーが増加した。また、冬のスキーや夏の海水浴などとからめた宿泊旅行が減少した要因の一つに、若者の携帯電話を指摘する識者もいる。「月間で三万円、四万円ともなる電話料金が、もともと低価格で動いていた彼らのレジャー活動費を削ぎ落としてしまった」という。こうした要因と目されるものは、枚挙にいとまがないほどだ。
 つまり、単一の要因によって赤字が発生しているのではなく、幾つもの要因がからみあって赤字を引き起こしている。従前の捉え方だけでは説明の難しい要因が重なりあい、旅館・ホテルに危機的状況を生み出しているのだ。そうなると、運営オペレーションの一部改革、販促活動の一部強化を行っても、根本的な治癒には至らない。発想の転換が必要である。ただし、当座を乗り越えなければならないのも事実であり、身近な部分的改革に取り組まなければならないという矛盾にも、あえて手を染める必要もでてくる。
 筆者は、旅館・ホテルの『構造改革』を掲げた前シリーズで、赤字解消への方法論を提起した。経営を肥満化させている不良因子を取り除くことで、赤字の元を断つのが狙いである。実際に、それによって年間で数億円のコスト削減を果たした実例もある。この場合、まさに抜本的な改革に等しいものといえる。旅館・ホテルの業務は、おおむね時系列で各作業が連動していることから、一つの変更は他の変更にもつながる。したがって「好いとこどりでは成功しない」ともいえるが、そこまで一気に進められない実情があることも理解できる。そこで、本シリーズで度々登場している三つのグループ分けによる自館の現状把握が必要となるわけだ。
 赤字要因の除去で黒字転換が可能なのは、第一のグループである。第二・三のグループは、赤字要因を取り除くだけでは十分でない。リストラに代表される人件費の削減、サービス品のランクダウン、料理原価をはじめとした仕入コストの削減などは、程度の差はあってもそれぞれが可能な範囲で実施してきたはずだ。しかし、もはやそれでは乗り越えられない段階にきている。つまり、従前の発想に基づく経営のスリム化と同時に、プラスアルファの変革が求められているといえよう。
 例えば、低価格指向と安売り合戦を考えてみると、バブル経済の反動のように捉える傾向が強いものの、決してそれだけではないはずだ。当時を振り返ると、趨勢は「消費者の高級志向」を金科玉条のごとく掲げて、われ先に高級志向へシフトしていったが、一方には「宿泊費が高くて」と呟く消費者の声もあった。いわば、消費者の本音であったそれは、時代の流れが黙殺し、消費者自身も受け入れる余力があった。バブルのあだ花といえなくもない消費性向は、経済の減速とともに消滅していった。残ったのは、そうした消費性向に対応したハードと、それを運用するための体制である。
 ここでいえることは、高級志向を創出したのが旅館・ホテルではなく、他の外部要因に負うところが大きいということ。昨今の廉価志向も同様に旅館・ホテルが推進したものではない。社会一般にある外部要因によって引き起こされた事態は、内部の構造改革だけでは対処が難しい。結論からいえば、構造改革と同時に、外部要因への積極的な関与が不可欠ということだ。つまり、売り方を改革することである。前者については、例えば、厨房、接待、総務、施設、予約、会計などのそれぞれを『構造改革』によって別個に改善する手法はある。後者の売り方を考えるとき、必要な情報発信の手法やツールはさまざまに開発され、日進月歩で充実をみている。肝心なことは、手法やツールに載せるコンテンツの確立である。いわば、自館をどのように販売するかである。
 そこに従前とは異なる発想が求められる。現象としての「複合赤字」を乗り越えるために、複合する全ての要因に対応すべく策を講じるなどは、一旅館・ホテルの領分をはるかに陵駕している。したがって、自館を特化することで要因を絞り込み、それを乗り越えるしかない。筆者が不動産部門と料飲部門の明確な区分を提起しているのは、特化への第一歩がここにあると考えるためである。「空気」を泊めて平然としているなどは、許されるわけがない。
(続く=経営コンサルタント・松本正憲)
(つづく)