「旅館を黒字にするために」 その17
喜ばれるサービス体制を
Press release
  2001.08.11/観光経済新聞

 需要が低迷し、消費単価が伸び悩んだり減少してくると、当然ながら「あと一人二人の客が来たら」「ここで何人かの客がプラスされれば」といった願望や期待感をもつことになる。この心情は理解できなくもないが、そうした「わずかな期待感」に惑わされてサービス体制を想定すると、結果として経営的にはムリが生じる。よく「貧すれば鈍す」といわれるが、このような状況こそが正常な判断を見失わして悪循環・悪しきスパイラルに陥らせ、自立再建の足を引っ張る大きな要因となる。
 端的なことは、接待をはじめ関連する要員を増やせば人件費が増加して経営面でマイナスになり、原価など他の分野で経費の切り詰めが迫られる。逆に、限られた要員でまかなおうとすれば、従業員に負担を強いることになりかねない。再三指摘してきたように、どちらのケースでも体制的にはムリがあり、ムリな接待をしようとしたことがクレームの要因になって噴出すると考えられる。そして評価が下がり、単価を下げざるを得なくなる。基本的な要因だけを並べて単純化をしてみても、いわずもがなの図式が容易に浮かび上がってくる。
 いま、必要なのは「WHAT」ではなく「HOW」なのである。大切なことは、黒字経営を実現しつつ「顧客に喜ばれるサービス体制をどうやって組むか」である。この一事を突き詰めることこそ肝心であり、それは経営者であれば誰もが理解している。そのためには、低単価客への接待要員をはじめ、すべてのサービス分野を見直して「可能な限り簡素化」をしていくのも具体化の一策であり、バックヤードも同様である。これが、かねて主張してきたサービスの可変体制である。
 ところが、「顧客に喜ばれるサービス体制」と具体化の一つである「可能な限り簡素化」とは、従来の発想から展開すると必ずといっていいほど行き詰まる。それは「お客の満足が得られない」といった結論が当然のごとく出てしまい、そこから先への発展がない。しかし、この結論と目されるものには、大きな問題点があるのに気づくはずである。前提条件である「自館のドメイン」が欠落しているのだ。つまり、ここで考えねばならないことは、経営していくうえでの「ドメインに照らして」という条件設定である。
 これについては、現状の経営状態を三つのグループに分けることで、今後の方向性としてこれまでも若干の解説を加えてきた。このうち、第一のグループであれば、かねて筆者が提唱している『構造改革』を着実に実行することで黒字体質への転換は容易である。しかし、第二・三のグループでは、構造改革と並行してドメインを見直した転換策を考える必要がある。
 大切なことは、「施設」と「料理・サービス」の関係性を、自館のドメインに照らして、どう判断するかである。冒頭の「たら・れば」への期待感とそれへの対応は、視点を換えると「料理・サービス」にシフトした体制づくりが根底にある。この体制を旅館業で培ってきた「伝統」と捉えることも可能だが、低成長下の経営状況のなかでは、決して安易に見過ごすことのできない「先入観」と受けとめる必要がある。意識下にあるそうした認識が、変革のチャンスや芽をつまんでいるからだ。
 つまり、ドメインを明確化することによって、不動産部門を重視するのか、あるいは料飲部門のウエートを高めるかが変わってくる。逆に、状況の変化に対応するだけで自館のドメインを変化させるようでは、経営の機軸に据える上で脆弱ともいえる。経営者の確固とした意思が求められるわけだ。
 いずれにしても、ドメインを明確にすることで「顧客に喜ばれるサービス体制」の内容がみえてくる。具体的な「HOW」は、この段階で考えるべき性質のものである。それ以前の段階では、結局のところ従前の観念にしばられてしまい、「そんなことは自館の方針になじまない」と退けられ、堂々巡りになりかねない。現実を直視しているようでいて、実は現状から乖離する要因になっている。
 筆者は、前シリーズにおいて経験則だけが優先する考え方に疑問を呈してきた。HOWは、本来具体的でなければならないが、基点となる自館のドメインが経験則の中で「分かっているつもり」の曖昧さの域を抜け出せなければ、問題提起もその回答も具体的なHOWにはなり難い。したがって、不動産部門と料飲部門を明確に区分けした上で、実情に合致した自館の方向性を見極める必要がある。その時に、第三者の客観的な解析も欠かせないと考える。
(続く=経営コンサルタント・松本正憲)
(つづく)