「旅館を黒字にするために」 その4
空気を泊めるよりいい
Press release
  2001.05.12/観光経済新聞

 観光産業における基礎産業である旅館・ホテルは、前号で指摘したとおり基本的には「不動産業」と位置付けられる。その不動産業に料飲部門を付加したものが、今日の一般的な姿である。いわゆる一泊二食を主流とする料金体系によって運営される宿泊施設の姿がそこにある。
 まず、不動産業の視点から料金構成を捉えてみよう。結論的にいえることは「部屋を売りたい」ということに尽きる。部屋を売るための料金の算出は、きわめて大雑把にいえば、部屋にかかっている建築コスト(幾らかかっているかはケース・バイ・ケース)から逆算して販売単価を決める。
 これについては、償却期間をはじめとした諸因子をもとに年間の販売目標を設定し、着実に販売して目標に到達すればいいことになる。つまり、販売目標や販売単価は、キャッシュフローの返済・修理費・維持費(最低限の事務経費みたいなものや日々の掃除他)、そして利益などの集合体として決められるものだ。
 そうした視点にたつとき、料飲部門は稼働率をアップさせるための手段となる。目的は部屋の販売である。ところが現実は、目的と手段の立場が絶えず揺れ動いている。手段が目的化し、本来の目的を陵駕するケースも稀ではない。宿泊施設として「泊まる」だけでは集客し難い事情も分からなくはないが、本末転倒とさえいえるケースも決して珍しいものではないようだ。 例えば「可変性」という問題がある。不動産業としては、いい部屋・悪い部屋、面積などを基準にして販売価格に対応した可変体制ができている。ところが、サービス面での可変性に対しては、意外なほど無頓着に済ませている。いい換えれば、サービス単価を明確にするためには、販売価格に応じたサービス内容のあり方・接待のあり方を基準化する必要があり、その基準に照らした内容の可変がなされなければならない。
 つまり、不動産業としての可変性を当然のように心得ているのと同様に、料飲部門を中心にしたサービス面での可変性に着目する必要が大いにあるわけだ。逆説的にいうならば、不動産業として実際に行われている可変性が、明確な根拠・意識に立脚したものであれば、当然ながら料飲部門にもその意識が反映されるはずである。反映されていないとするならば、不動産業としての財務解析をはじめとする基礎的な解析がなされていないことになる。そうなると、販売価格に対応した不動産部門の可変体制すら、経験則や勘に頼った「あいまい基準」が大手を振ってまかり通っているといわざるを得ない。
 極端な例として、当日予約や飛び込み客への対応がある。不動産業として捉えるならば、空気を泊めても一円にもならないのは分かりきっている。不動産部門と料飲部門を明確に意識した原価の解析がなされていれば、原価を一円でも上回れば利益につながるという意識がもてるはずだ。ところが、現状の当日予約や飛込み客への対応をみていると、通常よりも高かったりするケースがいまだにある。これでは、顧客になるべきものを自ら逃しているとさえいえる。 一方、先駆的なホテルや旅館の一部では、当日予約の割引制や特典を消費者にアピールし、集客を図るケースが台頭している。そこには、インターネットを筆頭とするリアルタイムの訴求媒体が急速に発展した社会インフラの変化もあるが、大切なことは「空気を泊めるよりは利益につながる」との認識が顕著になったものといえる。いわゆる不動産業としての基本認識に基づいた当然の対応である。
 こうした対応は、航空機をはじめとする輸送機関での事例が、これまでにも知られている。ただ、以前と現在では意識の違いがあることを見逃してはならない。端的にいえる点は、以前にはあった「予約」の概念が薄らぎつつあることだ。予約制が内包する大きな要因の一つとして、その根底に当日のリスクを回避する意識が働いている点が挙げられる。安定経営といえば聞こえはいいが、要は「見通しがたたない」といった不安要素を払拭する意味合いが強い。いわば施設側の都合を前提にしたものであり、需要と供給のバランスによって成り立つ論法である。今日のように価格破壊が進む状況下では、およそ成り立たない。
 大切なことは、施設側の都合に合理的な説明がつき、顧客に満足感を与えながら利益を生み出す仕組みを構築することだと筆者は考えている。普通ならば、投資した金額のキャッシュフローによって部屋単価が決まるはずである。ところが、一泊二食の前提があまりにも意識に根付いているために、不動産部門と料飲部門を明確に区分したそれぞれの解析がなされていない。そこに悲劇のスタートがあるといえそうだ。
(続く=経営コンサルタント・松本正憲)
(つづく)